山王病院神経外科・Dr.高橋浩一

HOME サイトマップ 問い合わせ
特発性正常圧水頭症について
  

カテゴリ

本を出しました。
[スポーツ選手のための] ケガに打ち克つメンタルトレーニング
ケガに打ち克つメンタルトレーニング
本体:1680円(税抜)
発行元:ベースボールマガジン社

購入はこちら
  

高橋浩一のブログ

亀田興毅選手

先日の内藤-亀田戦、様々な意味を含めて、好試合であったと思います。

まず、亀田興毅選手の二階級制覇をお祝い申し上げます。

亀田家は、特に2年前の内藤-亀田大毅戦の後より、非常に世間からの風当たりが強くなりました。

しかし、私が知る亀田興毅選手は、非常にジェントルマンで好青年です。

初めて亀田興毅選手にお会いしたのは、3年前ほどです。

ボクサーは試合前と後に、健康状態を調べるメディカルチェックを受けます。

メディカルチェックを通して、今までに多くのボクサーと接してきましたが、ほとんどの選手は、非常に礼儀正しいです。厳しい練習などを通じて、人格も形成されると思われます。

しかし、亀田興毅選手の姿勢、態度は、ボクサーの中でも突出したものがありました。

テレビと全然違うではないか!なんてジェントルなんだ!そのギャップに一層、好印象を抱いたのかもしれません。

また、2年前の亀田家を代表しての謝罪会見。当時19歳とは思えぬ、家族や周囲を思いやる毅然たる発言を聞き、やはり亀田興毅選手は大変な人格を備えたボクサーであると確信しました。

その上で、プロボクサーとして、様々なパフォーマンスを行い、ボクシング界を盛り上げ、さらに二階級制覇は立派です。

日本を代表する名ボクサーとして、さらに、御活躍頂きたいと思います。

高橋浩一 (2009年12月 2日 12:28) コメント(6)

コメント(6)

高橋浩一 先生

「ヒールの亀田」対「いじめや生活苦を乗り越えた内藤」という、いかにも世間が喜びそうな「仕立て」にマスメディアが仕組んだのだ、と私も考えています。

とくに、私が「これだ!」と思ったのは、内藤選手が、「亀田家のあの団結はうらやましい」と言っていたことです。

やはり、人間は、大きな事を成し遂げようとするとき「家族の協力」は何にもまして必要です。病気の克服もその一つですが…
それを、示しているのが「亀田家」だと思います。

学校現場を見ていても、一昔前に比べてさえ、「家族の絆」は、全般的には、随分弱くなってきていると感じています。

亀田選手が勝ったから言うわけではありませんが、「熱い家族」は、やっぱりいいものだと思います。

すっかり大人の口調になった興毅選手も、「ああいう風に直した。」のではなく、あれが本当の姿で、「ヒール」のほうが、作られた偶像なのだ、と最初から思っていました。

先生、お久しぶりです。
わたしも、見ていました。
トップ同士のとてもレベルの高い試合だったと思います。
わたしの個人的な感想は、内藤選手が「見ている人に面白い試合」を意識しすぎた様に思いました。
亀田選手は、勝ちを意識した冷静な試合運びだったと思います。まだまだ若いので、これからも、いい試合を見せてくれると期待しています。
これだけ、人気のある日本人チャンピオン同士が戦う試合は、今までなかったし、これからも、なかなか実現しないのではないでしょうか。
極限まで鍛え上げた選手同士だと、スピードが早くてテレビでパンチが当たっているかスローにしないとわからないですね。それから、12ラウンドがあっという間に終わってしまいました。とても良い試合がみれて世界に誇れるボクサー2人に感謝しています。

先生、ボクサーって脳脊髄液減少症になる確立が高いですよね?(練習で鍛えればなりにくいのでしょうか?)

あきちゃんで~す様

コメントありがとうございます。

確かに亀田家の熱さは最近では珍しいと思います。

2年前の謝罪会見でも、亀田父がなんと言われようとも、私の父ですから・・・的なコメントは今でも記憶にあります。

勝って、勝って勝ちまくって、ボクシング人気がもっと上がれば良いと思います。

yamaguchi様

コメントありがとうございます。本当に好ファイトでしたね!

話は変わり私が治療させて頂いた方の中に、ボクシングをしていた方は二人います。

ただボクサーは人間離れした肉体を持っていますから、脳脊髄液減少症にはなりにくいのではと推察しています。

ボクシングは、びっくりするような世界です。

高橋浩一 先生

お返事ありがとうございました。
市川のセミナーも成功裏に終了なさったそうで、何よりです。
家人が入院しており、失礼してしまったことが、大変残念でなりません。
「こうなれば、自分でそのような機会を設けて…」なんて、野心的に考えております。笑

さて、「患者の家族の協力」については、先生が再三、御著書やブログの中で述べていらっしゃいます。

私は、「地雷」は、とても恐ろしい武器だと思っています。
被害者を、故意に死に至らしめないで、傷病者とさせ、残った周囲の者にも介護の精神的・経済的苦痛を強いる…

「病気」は、家庭にとっても、社会にとっても「地雷」のようなものではないかと、考えています。

そして、もし、地中に「見えない病気」という名の地雷が埋まっているのなら、それを除去する技術や治療が、もっともっと進むことを心から期待します。

こういうことは、自分で病を得たり、家族が病気になったりして、初めてわかることなのですね。

あきちゃんで~す様

コメントありがとうございます。

確かに病気は地雷のようなものかもしれません。

しかし、万一病気になった時に、現実を認識し、周囲の協力を得て対応していく事が重要と思います。

少々話がそれるかもしれませんが、体調不良に陥った時に、その原因が分からないのは不安要素につながると思います。

あるトップアスリートが脳脊髄液減少症を患われましたが、診断に至るまで病院を15ヶ所以上受診されたそうです。診断がつくまでは、気持ちの強い彼も「治る」という気持ちを保ち続けるのは困難だったようです。

わけのわからない地雷的な感覚かもしれません。横道にそれてすいません。

コメント

*コメントは承認後に公開されます。ご了承ください。